日本建築-外国人居留地

2026年1月2日

西洋建築-ロマネスク

背景 カロリング帝国の建国 768年には国王として、800年には皇帝として君臨したカール大帝は、カロリング帝国*の永華を築きました。その支配域は、現在でいうフランス・ドイツ・イタリアに及びます。そしてカール大帝の下で、文化・経済・宗教が発展し、また教育・行政などの制度も整備されました。 カロリング帝国:8世紀から9世紀にかけて、フランク王国を統一し、大きな領土を支配したフランク王朝の王族であるカロリング家によって建国された帝国。 カロリング帝国の分裂と西洋社会の混乱 しかしカール大帝の死後、カロリング帝国 ...

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2026年1月2日

西洋建築-デ・ステイル

背景 第一次世界大戦後 第一次世界大戦後、各国の経済は混乱し、人々の価値観や生活様式も変化しました。ストライキやデモなども行われるようになり、社会変革が急務となります。これは戦争に参加しなかったオランダにおいても例外ではありませんでした。 オランダは、中立を守ることによって国内の平和を維持しようとしました。しかし周辺諸国の経済的混乱や政治的変化の影響を受けないわけには行かず、大量の難民や貧困層、失業者などを抱え、経済的・社会的な不安定さが続きます。そんな中、社会主義的な政策や労働者の権利擁護が唱えられるの ...

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2026年1月2日

西洋建築-アール・ヌーヴォー

背景 新様式の準備 19世紀末、産業革命によって工業製品の生産が増え、大量生産や機械化が進む中で、人々の間に単調で機械的なデザインに対する反発が生まれていました。その代表格がアーツ・アンド・クラフツ運動です。彼らは手作りを重視することによって、自然の美しさや個性の再評価を図りました。 アーツ・アンド・クラフツはこの記事で解説 》建築-アーツ・アンド・クラフツ アーツ・アンド・クラフツ運動は、その理念こそ前進的であったものの、しかし中世主義という性格から、近代化と言える段階にまでは至れませんでした。その代わ ...

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2026年1月2日

西洋建築-フランス・ルネサンス

背景 フランスの近代化 ルネサンス期のフランスは、政治的・経済的・文化的に大きな発展を遂げました。先頭を切ったのはシャルル8世です。彼はフランス軍を再編成し、新しい兵器を導入して戦力を強化し、財政改革を実施して経済を活性化させました。そしてブルターニュを併合することによって、フランスの領土を拡大しました。また、イタリア遠征*も行いましたが、こちらは失敗に終わります。そして、彼は28歳にして、この世を去ってしまうのでした。 シャルル8世のイタリア遠征:シャルル8世は、ナポリ王国の領土をめぐってイタリアの諸都 ...

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2026年1月2日

西洋建築-古代ギリシャ

時代背景 ドリス人の侵略 紀元前1100年頃、北方から南下してきたドリス人によって、先住のイオニア人やアルカディア人などが駆逐されました。 ポリスの形成 その後、紀元前800年頃には、村落を中心とした小さな都市国家ポリス*が形成され始めます。 ポリス:一定の地域に住む人々が、政治的・社会的な共同体を形成し、共同で自らの生活を統制する政治組織のことです。 しかし、あくまでもこの都市国家は、単に人々が集まり住んだものに過ぎず、都市として整備されたものではありませんでした。 古代民主政の誕生 ポリスは当初、農業 ...

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前の様式

時代背景

日米和親条約

1853年、日本とアメリカとの間で「日米和親条約」が結ばれると、日本近海への西洋船の来訪が増加しました。しかしこの条約にはアメリカ有利の条項*が盛り込まれていたため、日本側の不満は高まって行きます。

アメリカの船が日本の港に寄港する際、日本の法律や手続きを拒否することができました。また、アメリカ船の乗組員が日本人に対して犯罪行為を行った場合でも、アメリカの法律が適用されるという条項が盛り込まれていました。

これに対して、幕府は自国の主権を守るために「異国船打払令」を出しました。この法令は、外国船が日本の領海に侵入した場合には、その船を攻撃して撃沈することを許可するものでした。

幕府はこの法令を厳格に執行し、アメリカの船も含め、多数の外国船を打ち払います。かくして鎖国を貫く一方、アメリカをはじめとする欧米諸国による日本への圧力は強まって行きました。そんな中、国内でも「開国派」と「攘夷派」に分かれてしまいます。

開国派は、主に貿易や技術の導入などを通じて、日本の国力を高めることを目指していました。彼らは、幕府がこれまで取ってきた鎖国政策によって、日本が世界の中で取り残されてしまっていることに危機感を持ち、西洋諸国との接触を進めることで、日本の国際的な地位を向上させることができると考えたのです。また、西洋の文化や制度を学ぶことで、日本の文化や制度の改良や近代化を進めることも狙っていました。

一方の攘夷派は、幕府が外国との接触を深めることで、日本が自国の主権を失うことを危惧していました。彼らは外国との交流を拒絶し、外国人の排斥を主張することで、日本の独立性を守ることができると考えます。また攘夷派の中には、西洋文明やキリスト教が日本の伝統文化や価値観を脅かすものであるという考え方を持っている者もいました。

しかし、1842年の「アヘン戦争」によって清がイギリスに負けると、幕府も西洋諸国の脅威を認めざるを得なくなります。その後、欧米列強との間で次々と不平等条約が結ばれていくと、開国派が優勢になって行くのでした。

1868年の明治維新によって幕府が倒れ、新政府が発足すると、開国政策は本格化します。明治政府は、欧米列強との条約改正や新たな不平等条約の締結を進める一方で、技術や文化の導入、新たな法律制定などを行い、日本の近代化を進めることに成功しました。

特徴

1858年、日米修好通商条約が締結されると、幕府は長崎・神戸・横浜・函館・新潟の開港を許可しました。それに伴い、欧米の貿易商が大挙して日本に押し寄せます。彼らは、自らの優位な立場を活かし、眺めのよい場所に住居を構えたり、高いインフラ整備を要求しました。かくして、異人街が誕生したのです。

長崎

すでに江戸時代の頃から外国との窓口だった長崎が、開港地としての先陣を切ります。

旧香港上海銀行長崎支店

旧英国領事館

グラバー邸

横浜

幕府としては、日本人と外国人の接触によるトラブルを避けたいという思いがあったため、居留地を僻地に築こうと考えました。その舞台として、横浜が選ばれました。

横浜税関

兵庫

日本の重要な都市(大阪・京都)と近接していたため、外国の影響をいかに抑えるかという問題が生じました。さらに、大政奉還や鳥羽伏見の戦いなどもあって、開港・インフラ整備は大幅に遅れます。そして開港しても居留地が完成していないという状態でした。そのため、居留地外での雑居が認められ、特殊な町が形成されます。

北野異人館街

神戸居留地15番館

参考文献

日本建築史講義|著.海野聡|学芸出版社

建物が語る日本の歴史|著.海野聡|吉川弘文館

建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会

日本建築様式史|監修・太田博太郎|美術出版社

西洋建築史年表

日本建築史年表

2026年1月2日

西洋絵画−マニエリスム

舞台 国際的な展開 イタリアに端を発したマニエリスムは、16世紀後半には国際的な広がりを見せます。 背景 反宗教改革に乗り出す カトリック教会が「反宗教改革」に乗り出す時代、「神秘的な表現」が求められるようになります。 絵画による奇跡体験 論理を持って「奇跡」を説明することは出来なくても、絵画の世界の中でならそれは可能になるからです。 劇的な表現の追求 それはやがて古典主義の特徴である、「穏やかさ」や「荘厳さ」、「静けさ」や「バランスの重視」に対して、より「魂の根源」に迫る表現に至りました。 ミケランジェ ...

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2026年1月2日

西洋絵画−ロマン主義

舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...

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2026年1月2日

西洋絵画−フランス・バロック

舞台 フランス 太陽王ルイ14世が主権権を握る「絶対王政期」のフランスもまた、芸術の舞台となりました。自国の土壌で独自の様式を形成して行きます。 背景 フランスへ輸入 イタリア起源のバロックは、国境を超えてフランスにも広がりました。 伝統を守るフランス しかしフランスでのバロックは、主に前時代様式の否定として展開されて来た各地のバロックと異なり、「古典主義」的な傾向を保ちます。 それというのも、古典尊重のルイ王朝は「古代ローマを美術の範」としたからです。 王立アカデミーの設立 また、王立アカデミーの存在に ...

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2026年1月2日

西洋絵画−北方ルネサンス

舞台 アルプス以北 イタリアでルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、アルプス以北の国々でも独自の流れが形成されていました。イタリア・ルネサンスと区別して、北方ルネサンスと呼ばれます。 背景 市民階級の台頭 15世紀のフランドル地方では、「毛織物工業」と「国際貿易の振興」に伴って「市民階級」が台頭して来ました。 ありのままを描く それに呼応するように、「風景画」や「風俗画」なども受け入れられるようになります。 イタリア・ルネサンスでは「古典美」を理想の範としたのに対し、北方ルネサンスは自然や人間の姿を「 ...

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2026年1月2日

西洋絵画−フランス・ロココ

舞台 フランス 絵画史の中でも、特にロココは時代区分の難しい様式です。そもそもロココとバロックの区分を認めない説もあります。そのため当ブログでは、ロココの特徴が最も顕著に現れている、フランスで展開されたロココのみを取り扱います。 背景 絶対王政に陰りが見え始める 「太陽王ルイ14世」は、神から与えられた王権の行使者としての役割を演じることの出来た「最後の王」でした。 それというのも、1715年に彼が他界すると、その絶対王政にも陰りが見え始め、「貴族等の側近勢力が台頭」して来たからです。 太陽王からの開放 ...

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-日本建築史