舞台
フランス
太陽王ルイ14世が主権権を握る「絶対王政期」のフランスもまた、芸術の舞台となりました。自国の土壌で独自の様式を形成して行きます。
背景
フランスへ輸入
イタリア起源のバロックは、国境を超えてフランスにも広がりました。
伝統を守るフランス
しかしフランスでのバロックは、主に前時代様式の否定として展開されて来た各地のバロックと異なり、「古典主義」的な傾向を保ちます。
それというのも、古典尊重のルイ王朝は「古代ローマを美術の範」としたからです。
王立アカデミーの設立
また、王立アカデミーの存在によって、「固定された形式」や「基準」が確立されました。
特徴と画家
絶対王政に基づく芸術表現
絶大な影響力を誇る「太陽王ルイ14世」の下で行われる芸術活動は、絶対王権思想の基礎にある「キリスト教の信仰」はもちろん、「古典古代文化の伝統」を汲む必要もありました。
宮廷のための絵画
絶対王政のフランスでは、絵画は宮廷に奉仕するものとして活用されました。その主役であるルイ王朝の下で、「古典尊重」の流れが形成されます。
古典主義
そのため、イタリア起源のバロックに見られる情動的な作風とは異なり、「古典主義的な荘厳さ」や「古典への憧れ」を中心に展開されました。
理知的な作風
フランス・バロックを代表する画家には、プーサンがいます。彼の徹底的に研究され尽くした古典主義は、後の王立アカデミーの規範にもなりました。彼は「古代彫刻による人物像」を、「静寂な古典的風景」の前に置くのが特徴です。
ニコラ・プーサン|1594−1665|フランス
彼の作品には、「理想性」・「完美性」・「調和性」が目的として設定されているため、「華美」や「感傷」には乏しく、むしろ「理知的な傾向」が強くあります。
補足
当記事では取り上げていませんが、フランス・バロックの代表的な画家としてもう一人、クロード・ロランがいます。彼は人物表現よりも自然の直接体験に関心を寄せ、その業績として、風景画を正統な位置に高めることに貢献しました。(模写作品がないため、今回は泣く泣く省きました)
参考文献
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
西洋美術史|監修・高階秀爾|美術出版社
西洋絵画史入門史|著・諸川春樹|美術出版社
↓建築史の解説もしています↓
↓普段はこんな感じの絵を描いています↓