2026年2月16日
西洋建築-ウィーン・ゼツェッション
背景 ハンガリー帝国の情勢 ウィーン・ゼツェッションは、1903年にオーストリア=ハンガリー帝国*の首都ウィーンで結成されたグループです。オーストリア=ハンガリー帝国は複数の民族や国家が集合した多民族国家であったため、深刻な民族問題を抱えていました。 ハンガリー帝国:中央ヨーロッパにかつて存在した帝国。現在のハンガリー、スロバキア、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ウクライナ、オーストリアなどの地域を含んでいました。ハプスブルク家の君主がハンガリー王位を兼ねていたことから、オーストリア=ハンガリー帝国とし ...
ReadMore
2026年2月16日
日本建築-浄土教
時代背景 末法思想の流行 平安時代には密教が広まり、仏教の信仰はますます篤くなっていった一方で、「末法思想」というものが流行していきます。 末法思想:釈尊の教えが失われていき、正法の世界から像法の世界を経て末法になっていくという考え方で、それは釈尊入滅後1500年から始まるとされていました。 浄土への憧れ 当時の人々にとって、末法時代の到来は、ある意味「世界崩壊」を意識させるものでした。そして、現世にもう望みがないのなら、あの世での幸せを願おう、と人々は強く願うようになります。その拠り所となったのが「極楽 ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋建築-ロココ
背景 ルイ14世と貴族 ルイ14世は、フランスの絶対王政期において、貴族たちを自身の権力の下に統制しようと努めました。彼は貴族たちに対して、彼らが持つ領地や特権を管理する役割を与え、その責任を負わせます。また、貴族たちに対して軍隊への奉仕も求めました。しかし、貴族たちが軍隊に奉仕することを嫌がったため、ルイ14世は貴族たちを厳しく取り締まることを余儀なくされました。 宮廷文化 宮廷文化を重んじていたルイ14世は、貴族たちを宮廷に招待して自分の側に置くことで、自身の権力強化を図ります。宮廷に招待された貴族た ...
ReadMore
2026年2月16日
日本建築-飛鳥・奈良(神社)
時代背景 天皇中心の国作り 645年に始まる「大化の改新」の流れを汲み、天武天皇は強力な軍事政権の樹立を図りました。律令制度の整備や中央集権化を進め、地方豪族の独立性を抑えます。 大化の改新:天皇中心の国作りを目指した一連の改革 その際に彼が利用したのは、「神道」でした。「神道」を国教として定め、神社を統一的に管理することで、天皇の威光と神格化を図ったのです。 この時代、すでに仏教も伝来していましたが、古代日本の政治権力は、神々との関係性を重んじることで正統性を獲得することができたという背景もあり、仏教で ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋建築-ゴシック
背景 中央集権の基盤が整い始める 当時のヨーロッパは、多くの小国家や地方政府が存在し、権力の分散化が進んでいました。そんな中、国王たちは中央集権化政策を進め、自らの権力を強化し、統治の効率化を図ります。王権の強化、法律の統一、行政機構の整備、課税制度の整備などが行われました。かくして、地方領主の手中にあった統治が国王の下に回収されます。 中央集権化政策:政治的な権限や権力が中央政府に集中すること。 特に勢いがあったのは、ルイ7世です。各地の貴族や教会が持っていた法的な特権を制限することで、自身の王権強化に ...
ReadMore
前の様式
背景
新様式の準備
19世紀末、産業革命によって工業製品の生産が増え、大量生産や機械化が進む中で、人々の間に単調で機械的なデザインに対する反発が生まれていました。その代表格がアーツ・アンド・クラフツ運動です。彼らは手作りを重視することによって、自然の美しさや個性の再評価を図りました。
アーツ・アンド・クラフツはこの記事で解説
》建築-アーツ・アンド・クラフツ
アーツ・アンド・クラフツ運動は、その理念こそ前進的であったものの、しかし中世主義という性格から、近代化と言える段階にまでは至れませんでした。その代わり、やがて来る新様式アール・ヌーボーに火種を灯します。
1889年に開催されたパリ万国博覧会では、アール・ヌーボーの先駆者とされる芸術家たちが展示を行いました。ここで彼らは伝統的な美術様式からの脱却や新しい美意識の表現を試み、多くの注目を集めるのです。
理性に代わり、本能を追求
これまでの復古的な芸術運動では、あくまでも理性や知性から生まれる秩序に基づいて過去の様式を取り入れるというようなものでした。そのため過去様式からの脱却は困難でした。そんな中、アール・ヌーボーはより本能的で自然な形態を追求し、これまでになかった新しさを誕生させたのです。
特徴
曲線や曲面の使用
アール・ヌーボーは、自然に属する形態を工芸や建築等に持ち込むことによって固定化した正統派の造形感覚と造形手法から離脱し、新しい造形の進路を見出しました。そのモチーフとなったのは、植物的な曲線や曲面です。また、新しい技術や素材を積極的に取り入れることで、建物の構造や機能面でも革新的なデザインを実現しました。鉄筋コンクリートや鋼鉄、ガラスなどがその典型です。
不合理な造形
しかし、曲線や曲面で構成される建築というのは不合理であるという事実をま逃れることは出来ず、あくまでも「形のための形」から発展することは出来ませんでした。曲面の多様は、機能よりも表現が先行されるような場合にのみ有効だったのです。
造形・表現
世紀転換期、過去に拠り所を求めない新しい建築様式アール・ヌーボーは、またたく間にヨーロッパを席巻しました。ドイツでは「ユーゲント・シュテイル」、イギリスでは「リバティー様式」、スペインでは「モデルニスモ」という風に、様々に表情を変えながら各国へと拡散されて行ったのです。これらの様式は必ずしも同じ特徴を持ち合わせている訳ではありませんが、新しく産業革命に成功した都市に、工場主などの新しい資本家たちの支持を受けて発展して行ったという点では共通しています。
ユーゲント・シュテイル:機能美を重視し、美しさと機能性を両立したデザインを目指しました。また余分な装飾や飾り立てを排除し、簡潔なデザインを追求します。他にも、自然との調和を重視する傾向が見られました。
リバティー様式:植物や動物など自然のモチーフを取り入れ、自然主義的なデザインを追求しました。豊富な色使いや装飾性の強さも特徴的です。
モデルニスモ:カタルーニャのアイデンティティを強調するために、カタルーニャ地方特有の建築・芸術・文化の伝統的な要素を取り入れ、それを現代的な美意識に合わせて再解釈しました。
植物的なモチーフ・流動的な空間構成
オルタ博物館
室内にはガラスを通して上部から光が注がれ、渦巻く曲線が華麗な空間を演出しています。
ブリュッセル市庁舎
自然主義的な植物のモチーフが施されています。
彫刻的な装飾
サクラダファミリア
彼は、合理的な構造でありながらもうねり流れるような独自の形態を生み出しました。
参考文献
西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
次の様式
西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年2月16日
西洋絵画−初期ルネサンス
西洋絵画史の始まり 西洋絵画史の精神は「人間性の自覚」にある、というのが私の基本的な考えの立場です。そのため、当ブログでは、初期ルネサンスを西洋絵画史の始まりとします。 舞台 フィレンツェ 初期ルネサンスの舞台は、市民階級がいち早く台頭したイタリアの商業都市「フィレンツェ」です。 時代背景 キリスト教世界のほころび 中世ヨーロッパ社会は、これまで精神的にはキリスト教に支えられてきました。しかし、このキリスト教観というのは、人間を神の摂理にのみ従う下僕として、その限りにおいて人生の意義を認めるものでした。そ ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋絵画−フランス・バロック
舞台 フランス 太陽王ルイ14世が主権権を握る「絶対王政期」のフランスもまた、芸術の舞台となりました。自国の土壌で独自の様式を形成して行きます。 背景 フランスへ輸入 イタリア起源のバロックは、国境を超えてフランスにも広がりました。 伝統を守るフランス しかしフランスでのバロックは、主に前時代様式の否定として展開されて来た各地のバロックと異なり、「古典主義」的な傾向を保ちます。 それというのも、古典尊重のルイ王朝は「古代ローマを美術の範」としたからです。 王立アカデミーの設立 また、王立アカデミーの存在に ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋絵画−フランス・新古典主義絵画
舞台 フランス 革命期からナポレオン時代にかけてのフランス。ナポレオンは絵画を、自らの理念の「プロパガンダ」として活用しました。そのため、絵画は記録的な意味合いを強めます。 背景 軽快なロココに対する反動 18世紀後半、「快楽主義的」で「感覚的」なロココ様式に対する反動として、美は表面的なものでなく「崇高」なものであると考える傾向が強まります。 崇高さを追求 そして、「装飾趣味」や「官能的な裸婦像」に代わって、「形而上的な内容」や「簡素で壮大な形態感覚」を備える古典美術が範とされました。 特徴と画家 相次 ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋絵画−盛期ルネサンス
舞台 ローマ 1492年、芸術文化を支えたロレンツォ・デ・メディチの没後、「フィレンツェ」は、ドメニコ会修道僧サヴォナローラの支配下に置かれ、やや停滞期を迎えます。その一方で、ユリウス二世に代表される辣腕の教皇の下で、「ローマ」は活気を取り戻しました。かくして、ルネサンスの舞台は「フィレンツェからローマへ」移ります。 背景 巨匠の時代 15世紀末から16世紀初頭にかけてのおよそ30年間、一般には盛期ルネサンスと呼ばれます。この時代は、「巨匠の時代」でした。 古代や自然の超克 彼らは自らの才能を自覚し、「古 ...
ReadMore
2026年2月16日
西洋絵画−新印象主義
舞台 フランス 印象派に続き、フランスが芸術の中心地として君臨しています。 背景 印象派の乗り越え 時代の寵児であった印象派も、1886年には最後の展覧会を迎え、いよいよ批判と反省の対象として乗り越えられる存在になります。 物の形を犠牲にした印象派 「分析的な手法」を得意とした印象派は、物の「形態感」や「存在感」を失ってしまうという欠点を抱えていました。 新たな活路 印象派の色彩理論に共感しつつもこの弊害を重く見た後代の画家たちは、ここに新たな活路を見出します。 特徴と画家 求めすぎた理想 印象派は「光の ...
ReadMore