2026年7月3日
西洋建築-初期キリスト
背景 キリスト教の公認 キリスト教徒は当初、ローマ帝国によって迫害を受けていました。しかし313年に発布されたミラノ勅令*によって、これまでローマ帝国から弾圧を受けていたキリスト教が公認されます。 ミラノ勅令:4世紀初頭のローマ皇帝コンスタンティヌス帝によって発布された勅令で、キリスト教を公認するものでした。この勅令によって、キリスト教徒は迫害から解放され、徐々にローマ帝国内での信仰の自由が広がっていくのでした。 これによって、それまで地下に潜っていたキリスト教は、ローマ帝国の国教として華々しい役割を担う ...
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2026年7月3日
日本建築-大衆寺院
時代背景 寺院にも自営が求められる 18世紀に入る頃には、幕府や諸藩の財政は悪化し、寺社の造営を行う力を失っていました。そのため、各寺社は自らでの資金調達を迫られます。その方法として、「開帳」「勧化」など、民衆から銭を集めるための行事に力を注ぎます。 行事の集金化 「開帳」は本来、寺社の秘仏などを開扉して、人々と神仏を結縁する宗教行為でした。しかし、財政に困っていた寺院は、「開帳」を堂舎の建立や修理費用のための集金事業として活用するようになったのです。 経済力を身につけた民衆 寺院が疲弊していた一方で、民 ...
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2026年7月3日
日本建築-縄文・弥生
時代背景 移動生活 縄文時代は、狩猟・採集の社会です。季節ごとに、動物の移動や植生の変化を追いかけながら、河川の周辺や台地の縁辺部で食べ物を獲得し生活していました。 農耕によって定住が可能に 弥生時代に入り、水稲農耕が広まっていくと、移動生活(狩猟・採集)から定住生活(農耕)へと変化しました。この変化による建築的な変化は、たとえば、場所選びに現れます。これまでは水被害を避けて、台地や丘陵が選ばれていたのに対し、水田に水を引くために水の便が良い場所が好まれるようになったのです。 貧富の差が生まれる 農耕文化 ...
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2026年7月3日
日本建築-密教
時代背景 仏教と政治 この時代、仏教は政治と深い関係にありました*。また、寺院は政治的・官僚的な組織を形成していました*。そのため、寺院が勢力を強めて行くに従い、政治を左右する存在になって行きます。時には天皇位の簒奪さえも企てられました。かくして、政治に対する仏教の影響は看破できないものとなっていくのです。 仏教と政治:仏教伝来の当初、僧侶は天皇家に仕え、国家を守護する役割を担っていました。そのため、天皇家や貴族から保護を受けるようになります。彼ら政治権力者たちの思惑は、仏教を利用して自らの権威や権力を確 ...
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2026年7月3日
日本建築-神仏習合
時代背景 6世紀前半、朝鮮半島を通じて中国からの文化が日本に伝来し、やがて日本独自の文化が形成される中で、神道と呼ばれる民間信仰が発展しました。そして神祇体制が敷かれることによって、神道は国家宗教となります。 一方で、7世紀には中国から仏教が伝来します。異なる教義や儀式を持つ仏教は、当初は神道との対立を避けられないと思われました。しかし8世紀後半頃になると、神道と仏教の間には相互の影響が生じ、信仰の融合が進んでいきました。神社においても仏教的な儀式や仏像が導入され、仏教寺院においても、神道的な信仰や神社に ...
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前の様式
背景
行き過ぎた人間中心主義
ルネサンス文化を特色付けたものは人間性の再発見でした。そして、この人間性の範は古代に求められます。それゆえ人間の有限性を前提する筈でした。しかし、ルネサンス人は人間の有限性を忘れたかのように振る舞います。それはキリスト教においてさえ例外ではありませんでした。そしてこのような情勢に対する不満こそ、やがて来る宗教改革へと繋がって行くのです。
宗教改革の勃発
宗教改革の先駆けとなったのは、マルティン・ルターです。彼は「95ヶ条の論題」を掲げ、贖罪状の販売などの不正や教皇の権威主義を批判しました。
95ヶ条の論題:マルティン・ルターが1517年10月31日に公表した論文。教会が贖罪状の販売を行っていることについて批判し、キリスト教の教理に基づいた信仰に重点を置くことを主張しました。また、聖書中心主義を唱え、教皇の権威主義も批判します。この論文は当時のドイツ社会において大きな反響を呼び、ルターは教皇庁から異端者と宣言されるなどの迫害を受けましたが、一方で支持者も獲得し、プロテスタント宗教の成立につながっていきました。
ルターに続く宗教改革者は、ジャン・カルヴァンです。彼はルターと同様に、教会の腐敗や教皇の権威主義に反対し、聖書中心主義や信仰義認論を重視しました。また、神の絶対的な主権や予定説を唱えたことで有名です。
①神の絶対的な主権:人間の罪は神に対する背信であり、罪を赦す権限は神のみにあるという考え方②神があらかじめ人々の救済を決めているという考え方
その他の宗教改革者としては、ヘンリー8世も有名です。
ヘンリー8世が登場する記事》建築-イギリス・ルネサンス
宗教改革に対抗
幸いにも、教皇庁はこれらの宗教改革のおかげで自己反省の機会を得ました。教会の改革やカトリック教徒の信仰深化を目指して、内部改革が進められます。1545年から1563年にかけて、教皇パウルス3世の主導で開催されたトリエント公会議では、教義の確立や聖務の改革、司祭養成の充実、カトリック教会の教会法の体系化などが行われ、また教義上の論争や聖務の問題、教会内部の腐敗など、多岐にわたる改革課題に取り組みました。
特徴
相反するキリスト教とルネサンスの精神
キリスト教建築とルネサンス建築には、最初から相容れないものがありました。キリスト教建築は宗教的精神を必要としていたにも関わらず、ルネサンスの精神はそれと対照に理性的な性格を有していたからです。
そのため、バロックはルネサンス的古典を否定し、キリスト教的古典を目指すことを自らの使命としました。かくして、芸術表現は静けさから激しさへと移るのです。
造形・表現
反宗教改革の中心となった教皇は、自らの強大な権威や力を芸術表現によって示すことを求めました。そのためこの時代の様式は、分かりやすい・伝わりやすいという性格を有することになります。
感覚的な効果に訴えかける
曲線・装飾・透視図法的錯覚などを駆使して、見る人を惹きつけます。色・形・大きさなど、どれを取っても派手好みです。
豪華な装飾
イタリアバロック建築のファサードは、しばしば豪華な装飾が施されています。その多くは、宗教的なシンボルや聖書の物語などの象徴的な意味合いを持っています。
壁面に豊富な彫刻や装飾を施すことも特徴の一つです。
楕円形の平面を採用
バロックにおいては、ルネサンス時代の端正な形よりも、楕円の平面・捻じれ柱のような曲線・歪んだ形・動きのある形が好まれました。しかし、それは古典の権威に対する反抗ではなく、決まり切った単純な形を避けようという試みでした。整合性よりも逸脱に美を見出したのです。その結果、バロックは合理的な古典主義とは対極にあるものとして位置付けられることになりました。
楕円形には、儀式性の高い集中堂式と集会に強いバシリカ式との両取りという側面もありました。儀式的な空間と収容的役割を同時に併せ持つ効果が期待されたのです。
西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
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西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年7月3日
西洋絵画−フランス・ロココ
舞台 フランス 絵画史の中でも、特にロココは時代区分の難しい様式です。そもそもロココとバロックの区分を認めない説もあります。そのため当ブログでは、ロココの特徴が最も顕著に現れている、フランスで展開されたロココのみを取り扱います。 背景 絶対王政に陰りが見え始める 「太陽王ルイ14世」は、神から与えられた王権の行使者としての役割を演じることの出来た「最後の王」でした。 それというのも、1715年に彼が他界すると、その絶対王政にも陰りが見え始め、「貴族等の側近勢力が台頭」して来たからです。 太陽王からの開放 ...
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2026年7月3日
西洋絵画−ドイツ表現主義
著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 ドイツ これまでフランスに押され気味であまり活躍の場がなかったドイツでしたが、遂に自国を始点とする芸術運動の波風が立ち始めます。というのも、「近代化」を急激に進めて行ったドイツでは、それだけ社会に対する不満も生まれやすく、「苦しみを表現する画家」たちを産むには最適な土壌だったか ...
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2026年7月3日
西洋絵画−ロマン主義
舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...
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2026年7月3日
西洋絵画−クールベ=マネ
舞台 フランス 第二帝政期、パリの都市改革を始め、社会構造の大きな転換があったフランス。都会人の新しい生活様式などが誕生しました。 背景 産業革命・資本主義の時代 19世紀後半、いよいよ「産業革命」の成果が浸透し始め、かつ「資本主義」の波風が立ち始めました。 近代への突入 「科学技術の飛躍的な進歩」・「都市部への人口集中」・「階級対立の激化」・「西欧の世界進出に伴う異文化交流」などが、人々の日常生活に大きな影響を与えます。 近代絵画の始まり 絵画においては、クールベやマネといった近代絵画の創始者によって、 ...
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2026年7月3日
絵画−野獣派〈フォーヴィスム〉
著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」・「非営利目的」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 フランス 産業革命以来、急速な進歩によりもたらされた「世界の拡大化」は、多種多様な芸術運動の下、「専門化」・「分化」を押し進めました。そんな中で、新しい視覚体験が模索されます。そして、色彩の面で大きな変革が起きたのはフランスでした。 背景 野獣派結成のきっかけ ...
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