西洋建築-イギリス・新古典主義

2026年7月2日

西洋建築-イギリス・新古典主義

フランスに並んで、イギリスではその頃 背景 古典主義の逸脱 バロックからロココの時期にかけて、「正統的な古典主義」の逸脱という傾向が著しく目立つようになりました。 それに対する批判が、来る新古典主義を用意したのです。 新古典主義の台頭 そして、新古典主義は18世紀の半ば頃から「バロック」・「ロココ」を駆逐し始め、18世紀後半には、時代を支配して行きます。 啓蒙思想による裏付け この背景には、「啓蒙思想」の興隆がありました。 人々の間で、物事を「分析的」・「経験的」・「実証的」に、いわば「合理的」に捉えよう ...

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2026年7月2日

日本建築-霊廟

時代背景 真の武家政治 室町幕府は、足利氏による武士の政権であるとはいいつつも、京に拠点を置き、貴族趣味的な文化の中で生きながらえ*てきました。貴族や寺院を保護し、彼らからの支援を受けることによって政権の基盤を固めていたのです。 ただ、戦国時代においては、戦国大名や戦国武将たちの興隆を支援することにも取り組んでいました。このことから、戦国大名たちとの関係性を軽視していたわけではないということが伺えます。 その一方で、江戸幕府は京から遠く離れた地に拠点を築き、武士階級が中心となる社会制度*を整備しました。武 ...

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2026年7月2日

西洋建築-ロマネスク

背景 カロリング帝国の建国 768年には国王として、800年には皇帝として君臨したカール大帝は、カロリング帝国*の永華を築きました。その支配域は、現在でいうフランス・ドイツ・イタリアに及びます。そしてカール大帝の下で、文化・経済・宗教が発展し、また教育・行政などの制度も整備されました。 カロリング帝国:8世紀から9世紀にかけて、フランク王国を統一し、大きな領土を支配したフランク王朝の王族であるカロリング家によって建国された帝国。 カロリング帝国の分裂と西洋社会の混乱 しかしカール大帝の死後、カロリング帝国 ...

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2026年7月2日

日本建築-大仏様

時代背景 力をつける寺社 この時代の寺社は、各地に荘園*を持つようになり、財政的にも潤っていました。それに伴い、政治的な力も強めていきます。 荘園:領主が自らの所有する土地を農民や奴隷などに貸し出して、彼らからの税を収める経営形態。土地を借りる農民や奴隷は、作物や畜産物などの収穫物や一定の労役を支払うことによって生計を立てていました。 僧兵による武装化 寺社が権力を握る中、自分たちの力で社会を切り開き、大和国の実権を握ったのは平清盛でした。もちろん、もともと大和国での特権を保持していた南都寺院からすれば、 ...

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2026年7月2日

西洋建築-フランス・ルネサンス

背景 フランスの近代化 ルネサンス期のフランスは、政治的・経済的・文化的に大きな発展を遂げました。先頭を切ったのはシャルル8世です。彼はフランス軍を再編成し、新しい兵器を導入して戦力を強化し、財政改革を実施して経済を活性化させました。そしてブルターニュを併合することによって、フランスの領土を拡大しました。また、イタリア遠征*も行いましたが、こちらは失敗に終わります。そして、彼は28歳にして、この世を去ってしまうのでした。 シャルル8世のイタリア遠征:シャルル8世は、ナポリ王国の領土をめぐってイタリアの諸都 ...

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フランスに並んで、イギリスではその頃

前の様式

背景

古典主義の逸脱

バロックからロココの時期にかけて、「正統的な古典主義」の逸脱という傾向が著しく目立つようになりました。

それに対する批判が、来る新古典主義を用意したのです。

新古典主義の台頭

そして、新古典主義は18世紀の半ば頃から「バロック」・「ロココ」を駆逐し始め、18世紀後半には、時代を支配して行きます。

啓蒙思想による裏付け

この背景には、「啓蒙思想」の興隆がありました。

人々の間で、物事を「分析的」・「経験的」・「実証的」に、いわば「合理的」に捉えようとする志向が強まって行ったのです。

考古学の進展

また、ヘラクレネウムやポンペイの古代ローマ遺跡の発掘、古代ギリシャ建築の遺構の実測を通じて、古代建築の研究が進んだことも、新古典主義の後押しとなりました。

特徴

啓蒙思想(理性)と考古学の2本柱

新古典主義は、「理性」と「考古学」を根底に持つ建築様式でした。

理性

理性」とは、建築を「客観的」・「科学的」に捉えようという態度です。

その追求から、古代建築の持つ「簡素な美」を、「単純な幾何学的形態」の構成により創造することが試みられました。

考古学

一方で、「考古学」というのは、単に遺構を研究し参照の対象とするだけではなく、建築の起源やその「本質を探求」しようとする態度のことを言います。

これらを通して、ルネサンスの古典主義を捉え直そうとしたのです。

造形・表現

バロックを否定的に捉えるジョージ朝

1714年、ステュアート朝からジョージ朝に変わると、ステュアート朝において中心的であったバロックを否定的に見る動きが表れ始めます。

パラディオの信奉

これに並行して、イギリスでは「自国の伝統的な様式」が求められたこともあり、「平明」で「厳格」なパラディオの建築を理想とする、「パラディアニズム」が誕生しました。

パラディアニズムを推進した中心人物は、リチャード・ボイルです。彼は建築家たちの後援に加え、自らも設計を行いました。

パラディアニズムへの批判

18世紀も半ばを過ぎると、今度は新古典主義の勢力によって、パラディアニズムも批判にさらされるようになりました。

そして18世紀後半には、新古典主義が本格的に主流となって行くのです。

新古典主義を代表する建築家は、ロバート・アダムです。

軽快・優美な意匠

ケンウッド・ハウス|ロバート・アダム|1767−71

出典:デコール東京より引用

パラディアニズムに比べて、「装飾」や「色彩」など、意匠的な構成が「軽快」・「優美」に表現されています。そして、古典的な「比例」が必ずしも尊守されている訳ではなく、要所要所に変更が加えられ、細部からは「ギリシャ建築の影響」などが伺えます。

ピクチュアレスク

造園の分野では、大陸でルネサンス以降の主流となっていた整形庭園に対し、自然を取り込んだ非整形庭園が考案されました。意識的に軸組的な構成が避けられ、あたかも自然が再現されたかのように土地が造成されています。

イギリス・新古典主義からゴシック・リバイバルへ

次の様式

参考文献

西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会

建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会

西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社

美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社

西洋建築史年表

日本建築史年表

2026年7月2日

西洋絵画−ロマン主義

舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...

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2026年7月2日

西洋絵画−イタリア・バロック

舞台 イタリア 16世紀後半のイタリア、おおよそ芸術活動の低迷期に入っていました。しかし、カラヴァッジョの活躍によって、ローマで新たな盛り上がりを見せます。その後、カラヴァッジョ様式は国際的な広がりを見せました。(本記事では、イタリアに比較的近しい展開を見せたフランドル・スペインも一緒に取り上げます) 背景 宗教改革に対抗するカトリック教会 カトリック協会の免罪符を直接のきっかけに、「宗教改革」が勃発。離れていった信者の心を取り戻すため、カトリック教会は「反宗教改革」に乗り出しました。 分かり易さを武器に ...

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2026年7月2日

西洋絵画−ドイツ表現主義

著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 ドイツ これまでフランスに押され気味であまり活躍の場がなかったドイツでしたが、遂に自国を始点とする芸術運動の波風が立ち始めます。というのも、「近代化」を急激に進めて行ったドイツでは、それだけ社会に対する不満も生まれやすく、「苦しみを表現する画家」たちを産むには最適な土壌だったか ...

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2026年7月2日

西洋絵画−盛期ルネサンス

舞台 ローマ 1492年、芸術文化を支えたロレンツォ・デ・メディチの没後、「フィレンツェ」は、ドメニコ会修道僧サヴォナローラの支配下に置かれ、やや停滞期を迎えます。その一方で、ユリウス二世に代表される辣腕の教皇の下で、「ローマ」は活気を取り戻しました。かくして、ルネサンスの舞台は「フィレンツェからローマへ」移ります。 背景 巨匠の時代 15世紀末から16世紀初頭にかけてのおよそ30年間、一般には盛期ルネサンスと呼ばれます。この時代は、「巨匠の時代」でした。 古代や自然の超克 彼らは自らの才能を自覚し、「古 ...

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2026年7月2日

西洋絵画−新印象主義

舞台 フランス 印象派に続き、フランスが芸術の中心地として君臨しています。 背景 印象派の乗り越え 時代の寵児であった印象派も、1886年には最後の展覧会を迎え、いよいよ批判と反省の対象として乗り越えられる存在になります。 物の形を犠牲にした印象派 「分析的な手法」を得意とした印象派は、物の「形態感」や「存在感」を失ってしまうという欠点を抱えていました。 新たな活路 印象派の色彩理論に共感しつつもこの弊害を重く見た後代の画家たちは、ここに新たな活路を見出します。 特徴と画家 求めすぎた理想 印象派は「光の ...

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-西洋建築史