2026年4月3日
西洋建築-フランス・ルネサンス
背景 フランスの近代化 ルネサンス期のフランスは、政治的・経済的・文化的に大きな発展を遂げました。先頭を切ったのはシャルル8世です。彼はフランス軍を再編成し、新しい兵器を導入して戦力を強化し、財政改革を実施して経済を活性化させました。そしてブルターニュを併合することによって、フランスの領土を拡大しました。また、イタリア遠征*も行いましたが、こちらは失敗に終わります。そして、彼は28歳にして、この世を去ってしまうのでした。 シャルル8世のイタリア遠征:シャルル8世は、ナポリ王国の領土をめぐってイタリアの諸都 ...
ReadMore
2026年4月3日
西洋建築-イタリア・バロック
背景 行き過ぎた人間中心主義 ルネサンス文化を特色付けたものは人間性の再発見でした。そして、この人間性の範は古代に求められます。それゆえ人間の有限性を前提する筈でした。しかし、ルネサンス人は人間の有限性を忘れたかのように振る舞います。それはキリスト教においてさえ例外ではありませんでした。そしてこのような情勢に対する不満こそ、やがて来る宗教改革へと繋がって行くのです。 宗教改革の勃発 宗教改革の先駆けとなったのは、マルティン・ルターです。彼は「95ヶ条の論題」を掲げ、贖罪状の販売などの不正や教皇の権威主義を ...
ReadMore
2026年4月3日
日本建築-外国人居留地
時代背景 日米和親条約 1853年、日本とアメリカとの間で「日米和親条約」が結ばれると、日本近海への西洋船の来訪が増加しました。しかしこの条約にはアメリカ有利の条項*が盛り込まれていたため、日本側の不満は高まって行きます。 アメリカの船が日本の港に寄港する際、日本の法律や手続きを拒否することができました。また、アメリカ船の乗組員が日本人に対して犯罪行為を行った場合でも、アメリカの法律が適用されるという条項が盛り込まれていました。 これに対して、幕府は自国の主権を守るために「異国船打払令」を出しました。この ...
ReadMore
2026年4月3日
日本建築-飛鳥・奈良(寺院)
時代背景 仏教の伝来 六世紀半ば頃、仏教が百済から日本に伝来*しました。その教えが持ち込まれると同時に、それを体現する場として寺院建築が必要になり、それに由来して仏教建築の新技術が持ち込まれます。 聖明(百済の王子)は、日本の皇室との外交関係を深めるために、日本に渡来し仏教を伝えたとされています。 仏教を受け入れるか、拒否するか ただ、仏教は満場一致で受け入れられた訳ではありませんでした。いわゆる、「排仏派」と「崇仏派」に分かれます。 国際情勢に明るい蘇我氏は賛成 主に「崇仏」を主張したのは、渡来人勢力と ...
ReadMore
2026年4月3日
日本建築-縄文・弥生
時代背景 移動生活 縄文時代は、狩猟・採集の社会です。季節ごとに、動物の移動や植生の変化を追いかけながら、河川の周辺や台地の縁辺部で食べ物を獲得し生活していました。 農耕によって定住が可能に 弥生時代に入り、水稲農耕が広まっていくと、移動生活(狩猟・採集)から定住生活(農耕)へと変化しました。この変化による建築的な変化は、たとえば、場所選びに現れます。これまでは水被害を避けて、台地や丘陵が選ばれていたのに対し、水田に水を引くために水の便が良い場所が好まれるようになったのです。 貧富の差が生まれる 農耕文化 ...
ReadMore
前の様式
時代背景
小さな村落から始まったローマ市
紀元前753年に誕生したローマ市は、最初こそ小さな村落に過ぎませんでした。
ヨーロッパ全域へ領土を拡大
しかし、紀元前5世紀末までにはエトルリア*などの周辺都市国家を、紀元前3世紀中頃までには南イタリアのギリシャ植民都市を支配下に置き、紀元前1世紀末には地中海沿岸全域をほぼを手中に治めます。
エトルリア:古代イタリア半島に存在した文明です。紀元前8世紀から紀元前3世紀にかけて栄えました。
異国文化を吸収
領土の拡大は、エトルリア文化や植民都市経由での古代ギリシャ文化など、それまで自国にはなかった文化の摂取を促しました。
とりわけ、ヘレニズム期*の影響が大きく、ここから古代ローマ帝国の基盤が形成されていったといっても過言ではありません。
ヘレニズム期:紀元前336年に即位したアレクサンダー大王は、ギリシャ本土を出発し、アジア、エジプト、ペルシアなどの広大な領域を征服しました。この征服により、東方と西方の文化が接触し、ヘレニズム文化が生まれました。
古典主義の確立
ローマ人は、ヘレニズム文化から学んだものを彼らなりに消化し、ここから西洋美術の根幹となる古典主義を確立していったのです。
特徴
古代ローマ文化の性格
古代ローマ文化の担い手であるラテン人は、理論的であるよりも実践的な民族でした。
そのため、建築造形の源を古代ギリシャに求めながらも、それは隅々まで繊細に研究されることはなく、むしろ全体的な秩序を大まかに印象付けるのでした。
古代ローマの持つ多様性
また約10世紀もの間、ヨーロッパのほぼ全域という広大な範囲を時間的にも地理的にも支配していた古代ローマ帝国には、多様なものを併存させていく寛容さや多様性を統合する構成力を備えている必要がありました。
造形・表現
アーチ構法とオーダーの融合
コロッセウム
アーチ構法とオーダーを融合するという展望は、ヘレニズム期からの切望の一つでした。
アーチ構法
ティトゥスの凱旋門
アーチ構法とは、石材を積み重ねて、曲線状のアーチを作る構法です。水平方向の荷重を垂直方向へと分散することができ、大きな力に対しても強度を維持します。これによって、大きな空間を作り出すことができるようになりました。
オーダー
パルテノン神殿
オーダーとは、比例に基づいて柱と梁を秩序的に構成することで、調和的な美を形成する手法です。
ヴォールト構法
この時代、帝国や皇帝の権威を誇示する大規模な建造物が各地で建てられました。その際に用いられたのがヴォールト構法です。
パンテオン
ヴォールト構法とは、石やレンガ、コンクリートなどの素材を曲面状に積み上げていき、強度や美観を持ったアーチやドームのような形状を作り出す構法です。大きな空間を作り出すために用いられました。
中心を象徴する、球体表現
また球体表現には、ローマ世界の中心としての象徴という意味合いもありました。
古典主義
西洋建築の礎である古典主義は、この時代に完成されました。アーチ・ドーム・左右対称性・正面の重視・直線的なデザインなどが挙げられます。
参考文献
西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
次の様式
西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年4月3日
西洋絵画−フランス・新古典主義絵画
舞台 フランス 革命期からナポレオン時代にかけてのフランス。ナポレオンは絵画を、自らの理念の「プロパガンダ」として活用しました。そのため、絵画は記録的な意味合いを強めます。 背景 軽快なロココに対する反動 18世紀後半、「快楽主義的」で「感覚的」なロココ様式に対する反動として、美は表面的なものでなく「崇高」なものであると考える傾向が強まります。 崇高さを追求 そして、「装飾趣味」や「官能的な裸婦像」に代わって、「形而上的な内容」や「簡素で壮大な形態感覚」を備える古典美術が範とされました。 特徴と画家 相次 ...
ReadMore
2026年4月3日
2026年4月3日
西洋絵画−フランス象徴主義
印象派に並行して、象徴主義が発展 舞台 フランス 象徴主義は各国において多様な発展を遂げました。中でも大きな影響を与えたのは、フランスにおいて展開された象徴主義です。 背景 もう一つの芸術運動 19世紀後半、印象派が盛り上がりを見せていたその頃、並行して別の流れが形成されていました。 商業化する芸術 先導したのは、「科学」と「機械万能」という時代における「実利的なブルジョア精神」や、「芸術の卑俗化」に嫌気がさした画家たちです。 人間の内面を描く 彼らは、人間存在とその運命に関する「深い苦悩」・「精神性への ...
ReadMore
2026年4月3日
西洋絵画−北方ルネサンス
舞台 アルプス以北 イタリアでルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、アルプス以北の国々でも独自の流れが形成されていました。イタリア・ルネサンスと区別して、北方ルネサンスと呼ばれます。 背景 市民階級の台頭 15世紀のフランドル地方では、「毛織物工業」と「国際貿易の振興」に伴って「市民階級」が台頭して来ました。 ありのままを描く それに呼応するように、「風景画」や「風俗画」なども受け入れられるようになります。 イタリア・ルネサンスでは「古典美」を理想の範としたのに対し、北方ルネサンスは自然や人間の姿を「 ...
ReadMore
2026年4月3日
西洋絵画−ドイツ表現主義
著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 ドイツ これまでフランスに押され気味であまり活躍の場がなかったドイツでしたが、遂に自国を始点とする芸術運動の波風が立ち始めます。というのも、「近代化」を急激に進めて行ったドイツでは、それだけ社会に対する不満も生まれやすく、「苦しみを表現する画家」たちを産むには最適な土壌だったか ...
ReadMore