2026年1月2日
日本建築-密教
時代背景 仏教と政治 この時代、仏教は政治と深い関係にありました*。また、寺院は政治的・官僚的な組織を形成していました*。そのため、寺院が勢力を強めて行くに従い、政治を左右する存在になって行きます。時には天皇位の簒奪さえも企てられました。かくして、政治に対する仏教の影響は看破できないものとなっていくのです。 仏教と政治:仏教伝来の当初、僧侶は天皇家に仕え、国家を守護する役割を担っていました。そのため、天皇家や貴族から保護を受けるようになります。彼ら政治権力者たちの思惑は、仏教を利用して自らの権威や権力を確 ...
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2026年1月2日
日本建築-霊廟
時代背景 真の武家政治 室町幕府は、足利氏による武士の政権であるとはいいつつも、京に拠点を置き、貴族趣味的な文化の中で生きながらえ*てきました。貴族や寺院を保護し、彼らからの支援を受けることによって政権の基盤を固めていたのです。 ただ、戦国時代においては、戦国大名や戦国武将たちの興隆を支援することにも取り組んでいました。このことから、戦国大名たちとの関係性を軽視していたわけではないということが伺えます。 その一方で、江戸幕府は京から遠く離れた地に拠点を築き、武士階級が中心となる社会制度*を整備しました。武 ...
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2026年1月2日
西洋建築-イギリス・ルネサンス
背景 薔薇戦争 1455年、ランカスター家とヨーク家の間の王位継承を巡る争いが原因で、薔薇戦争*が始まりました。1461年、ヨーク家のエドワード4世がランカスター家を破り、王位に就くことで、この争いは一応の決着が着きます。しかしその後、ランカスター家のヘンリー6世が復位し、1470年代には再び戦争が勃発しました。最終的には、ヨーク家のリチャード3世が1485年にランカスター家のヘンリー7世に敗北し、決着となりました。そして、ヘンリー7世が王位に就いたことで、テューダー王朝が始まります。 薔薇戦争という名称 ...
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2026年1月2日
西洋建築-フランス・新古典主義
背景 ヨーロッパ随一の絶対主義国家 フランスは17世紀後半、ルイ14世の時代を持って王権が頂点に達し、ヨーロッパ随一の絶対主義国家に成長しました。ルイ14世は絶対王政下で全権を握り、貴族や教会、一般市民にも厳しい統制を加えます。そして中央集権的な行政組織を整備し、強大な軍事力を築きました。 しかしその一方で、ルイ14世の統治による莫大な財政負担や、貴族・教会の排除などに対する不満は蓄積していきます。 ルイ14世亡き後は、ルイ15世が即位し、専制政治を引き継ぎましたが、この時にはすでに王権の権威は低下してお ...
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2026年1月2日
日本建築-飛鳥・奈良(神社)
時代背景 天皇中心の国作り 645年に始まる「大化の改新」の流れを汲み、天武天皇は強力な軍事政権の樹立を図りました。律令制度の整備や中央集権化を進め、地方豪族の独立性を抑えます。 大化の改新:天皇中心の国作りを目指した一連の改革 その際に彼が利用したのは、「神道」でした。「神道」を国教として定め、神社を統一的に管理することで、天皇の威光と神格化を図ったのです。 この時代、すでに仏教も伝来していましたが、古代日本の政治権力は、神々との関係性を重んじることで正統性を獲得することができたという背景もあり、仏教で ...
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時代背景
移動生活
縄文時代は、狩猟・採集の社会です。季節ごとに、動物の移動や植生の変化を追いかけながら、河川の周辺や台地の縁辺部で食べ物を獲得し生活していました。
農耕によって定住が可能に
弥生時代に入り、水稲農耕が広まっていくと、移動生活(狩猟・採集)から定住生活(農耕)へと変化しました。この変化による建築的な変化は、たとえば、場所選びに現れます。これまでは水被害を避けて、台地や丘陵が選ばれていたのに対し、水田に水を引くために水の便が良い場所が好まれるようになったのです。
貧富の差が生まれる
農耕文化が成熟すると、やがて生産力も発展し、人口も増加していきました。これによって労働力が増すと同時に、農耕以外の支配者層も出てきます。それに伴い、食物の備蓄による富の偏在・権力の集中が生じ、貧富の差が顕在化していくことになりました。
政治・軍事の要請
貧富の差が浮き彫りになるにつれ、頻発するようになったのは収奪です。政治的・軍事的な対策が必要になったのは、まさにこの時でした。
国の誕生
人口増加につれ、集落が形成されたり、また集落同士が集まって地域社会を築いたり、最終的には地域同士で連合を組み、倭国が誕生しました。これが三世紀頃の出来事で、その中心となったのは、卑弥呼が治める邪馬台国です。
天皇集権
五世紀になると、連合的な政治形態から、大王を中心とする体制へ移行し、天皇への集権が確立されます。
造形・特徴
建物の長寿化
移動式の生活から定住式の生活へと変化したことにより、仮の住まいとしてではなく、長期的な目線で建築されるようになりました。これによって建物は長寿化します。そして誕生したのが竪穴住居です。
竪穴住居
地面を掘って、そこに柱を立て、屋根をかけます。この構法は堀立柱といわれ、柱の根本を直接土中に埋めて柱を自立させました。
竪穴「住居」といいつつも、実は集会所や祭祀施設であった可能性もあります。
堀立柱
この堀立柱には、建物内部にも柱を用いる場合(側柱)と、建物内部には柱を立てず、外周のみとする場合(総柱)がありました。内部に用いる柱(側柱)には、主に構造的な要因よりも、意匠的な要因が強かったといわれています。
炉で暖をとる
調理をしたり、暖を取る目的で、炉が設けられました。その際の煙は、煙道を作って排煙することもあれば、屋内に煙出し、燻しをしたとも考えられています。
富の蓄積
定住生活に伴い、富の蓄積が始まりました。それに由来して、収穫物を保管するための建物が必要になります。
高床倉庫
湿気・害虫・略奪に備えるために発明された高床倉庫ですが、この倉庫は機能の面とは別に、富の象徴としての意味を持ち、格式や権威を放っていました。
また、農耕には高い土木技術が求められました。そのため、労働力の編成とそれを統制する者が必須となります。かくして、「体を使った労働」と「頭脳を使った労働」という役割分担が生じるようになったのです。このことによって、農耕に従事しなくてもよい身分が生まれ、階層的な社会が形成されました。
巨大・モニュメント性
この階層社会は、富の集中と労働力の掌握によって、建築の形に巨大化や荘厳化という影響を与えました。富や権力の集中は、権力の象徴としての建築を要請したのです。
主祭殿
集落
一般的には、集落は十棟程度の竪穴住居・倉庫・少し離れた墓地で構成されています。また、集落の中には複数の村同士が集まって大規模化するものもあり、集落の周りに濠を廻らせていたことから、環濠集落と呼ばれます。
吉野ヶ里歴史公園
周濠
周囲に大きな溝を掘ることで、物理的には外的・害獣から集落を防御し、精神的には祭祀施設や住宅地域などの区画として、汚れた場所と聖なる場所の境としていました。その他、集落の湿気除去やごみ捨て場であったなどともいわれています。
参考文献
日本建築史講義|著.海野聡|学芸出版社
建物が語る日本の歴史|著.海野聡|吉川弘文館
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
日本建築様式史|監修・太田博太郎|美術出版社
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西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年1月2日
西洋絵画−ヴェネツィア派
舞台 ヴェネツィア ローマで盛期ルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、東方とヨーロッパを結ぶ貿易で富を蓄積したヴェネツィアでは、別のルネサンスが誕生していました。一般に、ヴェネツィア派と呼ばれるものです。 背景 裕福な市民が誕生 ヴェネツィアでは、教会や市当局だけでなく、富裕で教養ある個人からの注文も盛んになりました。 個人受けする作品が流行 彼らは、伝統的な物語の著述よりも「感覚的な魅力」を要求します。 そのため、主題の重要性以上に、「鑑賞者が満足する」ような作品が好まれました。 特徴と画家 鮮やか ...
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2026年1月2日
西洋絵画−ロマン主義
舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...
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2026年1月2日
西洋絵画−新印象主義
舞台 フランス 印象派に続き、フランスが芸術の中心地として君臨しています。 背景 印象派の乗り越え 時代の寵児であった印象派も、1886年には最後の展覧会を迎え、いよいよ批判と反省の対象として乗り越えられる存在になります。 物の形を犠牲にした印象派 「分析的な手法」を得意とした印象派は、物の「形態感」や「存在感」を失ってしまうという欠点を抱えていました。 新たな活路 印象派の色彩理論に共感しつつもこの弊害を重く見た後代の画家たちは、ここに新たな活路を見出します。 特徴と画家 求めすぎた理想 印象派は「光の ...
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2026年1月2日
西洋絵画−北方ルネサンス
舞台 アルプス以北 イタリアでルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、アルプス以北の国々でも独自の流れが形成されていました。イタリア・ルネサンスと区別して、北方ルネサンスと呼ばれます。 背景 市民階級の台頭 15世紀のフランドル地方では、「毛織物工業」と「国際貿易の振興」に伴って「市民階級」が台頭して来ました。 ありのままを描く それに呼応するように、「風景画」や「風俗画」なども受け入れられるようになります。 イタリア・ルネサンスでは「古典美」を理想の範としたのに対し、北方ルネサンスは自然や人間の姿を「 ...
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2026年1月2日
西洋絵画−フランス象徴主義
印象派に並行して、象徴主義が発展 舞台 フランス 象徴主義は各国において多様な発展を遂げました。中でも大きな影響を与えたのは、フランスにおいて展開された象徴主義です。 背景 もう一つの芸術運動 19世紀後半、印象派が盛り上がりを見せていたその頃、並行して別の流れが形成されていました。 商業化する芸術 先導したのは、「科学」と「機械万能」という時代における「実利的なブルジョア精神」や、「芸術の卑俗化」に嫌気がさした画家たちです。 人間の内面を描く 彼らは、人間存在とその運命に関する「深い苦悩」・「精神性への ...
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