2026年7月2日
西洋建築史年表
古代ギリシャ|西洋建築の精神は、古代ギリシャを範とするところから始まります。その意味で、西洋建築史の出発点に相応しいと言えるでしょう パルテノン神殿 古代ローマ|「栄光の都」ローマ帝国という舞台は、古代ギリシャ建築とキリスト教建築の架け橋となりました コロッセウム闘技場 初期キリスト|西洋建築の代名詞、「教会建築」はここから始まります バシリカ式 集中堂式 ビザンティン|政治的な東西分裂は、建築様式にも影響を及ぼしました ハギア・ソフィア ロマネスク|別名「地方様式」とも言われるロマネスクは、各地の風土に ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋建築-ドイツ表現主義
背景 第一次世界大戦 1914年6月28日、オーストリア皇太子夫妻がセルビアの首都ベオグラードで暗殺されるという事件が起こります。これをきっかけに、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦布告しました。そしてオーストリア=ハンガリー帝国の後ろ盾となっていたドイツも、この戦争へ参加することになります。 当初のドイツは、急速に発展し、経済的・軍事的な力を蓄えていたため、早期に勝利すると楽観的に考えられていました。しかし戦争の泥沼化によって戦況は逆転し、最終的には敗戦という結果を迎えます。 敗戦後のドイツ ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋建築-アール・ヌーヴォー
背景 新様式の準備 19世紀末、産業革命によって工業製品の生産が増え、大量生産や機械化が進む中で、人々の間に単調で機械的なデザインに対する反発が生まれていました。その代表格がアーツ・アンド・クラフツ運動です。彼らは手作りを重視することによって、自然の美しさや個性の再評価を図りました。 アーツ・アンド・クラフツはこの記事で解説 》建築-アーツ・アンド・クラフツ アーツ・アンド・クラフツ運動は、その理念こそ前進的であったものの、しかし中世主義という性格から、近代化と言える段階にまでは至れませんでした。その代わ ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋建築-マニエリスム
時代背景 ローマの没落 1527年、ローマ劫掠が勃発。教皇クレメンス7世と対立していたスペイン皇帝カール5世は、ランツクネヒト*を雇って、ローマを占領・略奪させました。そして激しい略奪・虐殺にあったローマでは、多くの市民が命を失い、教皇クレメンス7世も逃亡を余儀なくされました。かくしてローマは政治的・経済的に弱体化し、周辺の大国から支配されるようになって行くのです。 ランツクネヒト:15世紀から16世紀にかけて、主にドイツ圏で編成された傭兵部隊の一種。戦術に長けており、近代戦術の先駆けとも称されました。 ...
ReadMore
2026年7月2日
日本建築-浄土教
時代背景 末法思想の流行 平安時代には密教が広まり、仏教の信仰はますます篤くなっていった一方で、「末法思想」というものが流行していきます。 末法思想:釈尊の教えが失われていき、正法の世界から像法の世界を経て末法になっていくという考え方で、それは釈尊入滅後1500年から始まるとされていました。 浄土への憧れ 当時の人々にとって、末法時代の到来は、ある意味「世界崩壊」を意識させるものでした。そして、現世にもう望みがないのなら、あの世での幸せを願おう、と人々は強く願うようになります。その拠り所となったのが「極楽 ...
ReadMore
前の様式
時代背景
小さな村落から始まったローマ市
紀元前753年に誕生したローマ市は、最初こそ小さな村落に過ぎませんでした。
ヨーロッパ全域へ領土を拡大
しかし、紀元前5世紀末までにはエトルリア*などの周辺都市国家を、紀元前3世紀中頃までには南イタリアのギリシャ植民都市を支配下に置き、紀元前1世紀末には地中海沿岸全域をほぼを手中に治めます。
エトルリア:古代イタリア半島に存在した文明です。紀元前8世紀から紀元前3世紀にかけて栄えました。
異国文化を吸収
領土の拡大は、エトルリア文化や植民都市経由での古代ギリシャ文化など、それまで自国にはなかった文化の摂取を促しました。
とりわけ、ヘレニズム期*の影響が大きく、ここから古代ローマ帝国の基盤が形成されていったといっても過言ではありません。
ヘレニズム期:紀元前336年に即位したアレクサンダー大王は、ギリシャ本土を出発し、アジア、エジプト、ペルシアなどの広大な領域を征服しました。この征服により、東方と西方の文化が接触し、ヘレニズム文化が生まれました。
古典主義の確立
ローマ人は、ヘレニズム文化から学んだものを彼らなりに消化し、ここから西洋美術の根幹となる古典主義を確立していったのです。
特徴
古代ローマ文化の性格
古代ローマ文化の担い手であるラテン人は、理論的であるよりも実践的な民族でした。
そのため、建築造形の源を古代ギリシャに求めながらも、それは隅々まで繊細に研究されることはなく、むしろ全体的な秩序を大まかに印象付けるのでした。
古代ローマの持つ多様性
また約10世紀もの間、ヨーロッパのほぼ全域という広大な範囲を時間的にも地理的にも支配していた古代ローマ帝国には、多様なものを併存させていく寛容さや多様性を統合する構成力を備えている必要がありました。
造形・表現
アーチ構法とオーダーの融合
コロッセウム
アーチ構法とオーダーを融合するという展望は、ヘレニズム期からの切望の一つでした。
アーチ構法
ティトゥスの凱旋門
アーチ構法とは、石材を積み重ねて、曲線状のアーチを作る構法です。水平方向の荷重を垂直方向へと分散することができ、大きな力に対しても強度を維持します。これによって、大きな空間を作り出すことができるようになりました。
オーダー
パルテノン神殿
オーダーとは、比例に基づいて柱と梁を秩序的に構成することで、調和的な美を形成する手法です。
ヴォールト構法
この時代、帝国や皇帝の権威を誇示する大規模な建造物が各地で建てられました。その際に用いられたのがヴォールト構法です。
パンテオン
ヴォールト構法とは、石やレンガ、コンクリートなどの素材を曲面状に積み上げていき、強度や美観を持ったアーチやドームのような形状を作り出す構法です。大きな空間を作り出すために用いられました。
中心を象徴する、球体表現
また球体表現には、ローマ世界の中心としての象徴という意味合いもありました。
古典主義
西洋建築の礎である古典主義は、この時代に完成されました。アーチ・ドーム・左右対称性・正面の重視・直線的なデザインなどが挙げられます。
参考文献
西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
次の様式
西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年7月2日
西洋絵画−初期ルネサンス
西洋絵画史の始まり 西洋絵画史の精神は「人間性の自覚」にある、というのが私の基本的な考えの立場です。そのため、当ブログでは、初期ルネサンスを西洋絵画史の始まりとします。 舞台 フィレンツェ 初期ルネサンスの舞台は、市民階級がいち早く台頭したイタリアの商業都市「フィレンツェ」です。 時代背景 キリスト教世界のほころび 中世ヨーロッパ社会は、これまで精神的にはキリスト教に支えられてきました。しかし、このキリスト教観というのは、人間を神の摂理にのみ従う下僕として、その限りにおいて人生の意義を認めるものでした。そ ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋絵画−フランス象徴主義
印象派に並行して、象徴主義が発展 舞台 フランス 象徴主義は各国において多様な発展を遂げました。中でも大きな影響を与えたのは、フランスにおいて展開された象徴主義です。 背景 もう一つの芸術運動 19世紀後半、印象派が盛り上がりを見せていたその頃、並行して別の流れが形成されていました。 商業化する芸術 先導したのは、「科学」と「機械万能」という時代における「実利的なブルジョア精神」や、「芸術の卑俗化」に嫌気がさした画家たちです。 人間の内面を描く 彼らは、人間存在とその運命に関する「深い苦悩」・「精神性への ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋絵画−マニエリスム
舞台 国際的な展開 イタリアに端を発したマニエリスムは、16世紀後半には国際的な広がりを見せます。 背景 反宗教改革に乗り出す カトリック教会が「反宗教改革」に乗り出す時代、「神秘的な表現」が求められるようになります。 絵画による奇跡体験 論理を持って「奇跡」を説明することは出来なくても、絵画の世界の中でならそれは可能になるからです。 劇的な表現の追求 それはやがて古典主義の特徴である、「穏やかさ」や「荘厳さ」、「静けさ」や「バランスの重視」に対して、より「魂の根源」に迫る表現に至りました。 ミケランジェ ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋絵画−ロマン主義
舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...
ReadMore
2026年7月2日
西洋絵画−フランス・ロココ
舞台 フランス 絵画史の中でも、特にロココは時代区分の難しい様式です。そもそもロココとバロックの区分を認めない説もあります。そのため当ブログでは、ロココの特徴が最も顕著に現れている、フランスで展開されたロココのみを取り扱います。 背景 絶対王政に陰りが見え始める 「太陽王ルイ14世」は、神から与えられた王権の行使者としての役割を演じることの出来た「最後の王」でした。 それというのも、1715年に彼が他界すると、その絶対王政にも陰りが見え始め、「貴族等の側近勢力が台頭」して来たからです。 太陽王からの開放 ...
ReadMore