日本建築-霊廟

2026年5月18日

日本建築-飛鳥・奈良(寺院)

時代背景 仏教の伝来 六世紀半ば頃、仏教が百済から日本に伝来*しました。その教えが持ち込まれると同時に、それを体現する場として寺院建築が必要になり、それに由来して仏教建築の新技術が持ち込まれます。 聖明(百済の王子)は、日本の皇室との外交関係を深めるために、日本に渡来し仏教を伝えたとされています。 仏教を受け入れるか、拒否するか ただ、仏教は満場一致で受け入れられた訳ではありませんでした。いわゆる、「排仏派」と「崇仏派」に分かれます。 国際情勢に明るい蘇我氏は賛成 主に「崇仏」を主張したのは、渡来人勢力と ...

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2026年5月18日

西洋建築-ロココ

背景 ルイ14世と貴族 ルイ14世は、フランスの絶対王政期において、貴族たちを自身の権力の下に統制しようと努めました。彼は貴族たちに対して、彼らが持つ領地や特権を管理する役割を与え、その責任を負わせます。また、貴族たちに対して軍隊への奉仕も求めました。しかし、貴族たちが軍隊に奉仕することを嫌がったため、ルイ14世は貴族たちを厳しく取り締まることを余儀なくされました。 宮廷文化 宮廷文化を重んじていたルイ14世は、貴族たちを宮廷に招待して自分の側に置くことで、自身の権力強化を図ります。宮廷に招待された貴族た ...

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2026年5月18日

日本建築-近世寺院

時代背景 破壊の時代 戦国期は読んで字の如く「波乱の時代」でした。戦国大名たちによって繰り広げられる戦火の中で、多くの建物は失われて行きます。そのためこの時代は、新たな建築の生産というよりも、建築の破壊の時代でした。 渦中の寺院 幸か不幸か、当時の寺院も僧兵を構えるなど大名に比肩する勢力を誇っていたため、この争いの渦中に巻き込まれます。たとえば、延暦寺は信長の焼き討ちによって多くの建物が失われ、壊滅状態となりました。また東大寺は、松永久秀や三好三人衆らによる戦闘で戦火を被りました。 復興の時代 しかし16 ...

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2026年5月18日

西洋建築-フランス・新古典主義

背景 ヨーロッパ随一の絶対主義国家 フランスは17世紀後半、ルイ14世の時代を持って王権が頂点に達し、ヨーロッパ随一の絶対主義国家に成長しました。ルイ14世は絶対王政下で全権を握り、貴族や教会、一般市民にも厳しい統制を加えます。そして中央集権的な行政組織を整備し、強大な軍事力を築きました。 しかしその一方で、ルイ14世の統治による莫大な財政負担や、貴族・教会の排除などに対する不満は蓄積していきます。 ルイ14世亡き後は、ルイ15世が即位し、専制政治を引き継ぎましたが、この時にはすでに王権の権威は低下してお ...

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2026年5月18日

西洋建築-ロマネスク

背景 カロリング帝国の建国 768年には国王として、800年には皇帝として君臨したカール大帝は、カロリング帝国*の永華を築きました。その支配域は、現在でいうフランス・ドイツ・イタリアに及びます。そしてカール大帝の下で、文化・経済・宗教が発展し、また教育・行政などの制度も整備されました。 カロリング帝国:8世紀から9世紀にかけて、フランク王国を統一し、大きな領土を支配したフランク王朝の王族であるカロリング家によって建国された帝国。 カロリング帝国の分裂と西洋社会の混乱 しかしカール大帝の死後、カロリング帝国 ...

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前の様式

時代背景

真の武家政治

室町幕府は、足利氏による武士の政権であるとはいいつつも、京に拠点を置き、貴族趣味的な文化の中で生きながらえ*てきました。貴族や寺院を保護し、彼らからの支援を受けることによって政権の基盤を固めていたのです。

ただ、戦国時代においては、戦国大名や戦国武将たちの興隆を支援することにも取り組んでいました。このことから、戦国大名たちとの関係性を軽視していたわけではないということが伺えます。

その一方で、江戸幕府は京から遠く離れた地に拠点を築き、武士階級が中心となる社会制度*を整備しました。武家が政治の頂点に立つ、全く新しい体制がここに構築されたのです。

江戸幕府は、武士を支配するための法律や制度を整備し、武士階級を厳格に階級分けすることで武士の地位や役割を明確に定めました。また武士の教育や訓練、軍事技術の研究なども積極的に行い、武士階級の力を強化しました。

武家社会が形成されると、それに伴い「武士の美徳や精神」が高く評価されました。忠義・謙虚さ・自制・勇気などです。これらの精神によって、独特な文化が発展して行くのです。

特徴

権威を象徴する建物

元々、三河の地方武士に過ぎなかった徳川家が権力を示すには、伝統的な文化の中で既存の勢力とは異なる象徴が必要でした。その解決策として、豪華絢爛な霊廟建築が用いられます。自己の優越性・系譜の正統性による権威を示すのに、霊廟建築は打ってつけだったのです。

三河:今でいう「愛知県」にあたる地域

霊廟:祖霊を祀る施設

権力の移り変わりも示す

代表的なものとしては秀吉を祀った豊国廟が挙げられますが、この建物自体は次の権力者、徳川家康によって破壊されてしまいます。霊廟建築の破壊には、「既存権力の崩壊」「新政権の誕生」という重要な意味が含まれていたのです。

徳川家筆頭の東照宮

その家康が亡くなると、遺体は久能山に埋葬され、この場所に久能山東照宮が建てられました。元和三年には、日光の地にも東照宮が造営され、遺骸はここに移されます。以降、全国各地に東照宮が建てられ、家康以外の将軍の霊廟*もそれぞれ営まれました。

今でも約130社が現存すると言われています。

霊廟の終わり

霊廟の造営は、やがて大名にも広がり、各藩でも藩祖をはじめとする先祖を祀るようになりました。ただ、贅を尽くした霊廟建築の継続は困難で、幕府や諸藩の財政が圧迫されるにつれ、陰りを見せました。

造形

霊廟建築は、寺院とも神社とも異なる折衷をした特殊な形です。既存の建築とは異質であることを、視覚的に表現したのです。

日光東照宮

「彫刻」「金箔」「彩色」「塗装」を凝らした豪華絢爛な建築群で、存在感を示します。

霊屋

久能山東照宮

霊廟建築の中心となるのは、霊屋です。権現造や禅宗様、入母屋造とされることが多いです。

権現造:本殿・石の間・拝殿が合体した形式のこと

石燈籠が林立

東光寺墓萩藩所

霊屋の背後には、石柵を廻らせて石燈籠を林立させました。墓標が建てられることもあり、その際は宝塔形を使用することが多いです。大名墓所の場合には、菩提寺が併設されることもありました。

瑞鳳殿

出典元:瑞鳳殿

伊達政宗を祀る霊廟です。彩色が施されてはいるものの、将軍家の霊廟と比較すると、規模や意匠は控えめに抑えられています。

津軽為信霊屋

出典元:弘前市

マイナーな大名になると、霊廟の意匠もより控えめ目となって行きます。

参考文献

日本建築史講義|著.海野聡|学芸出版社

建物が語る日本の歴史|著.海野聡|吉川弘文館

建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会

日本建築様式史|監修・太田博太郎|美術出版社

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西洋建築史年表

日本建築史年表

2026年5月18日

西洋絵画−マニエリスム

舞台 国際的な展開 イタリアに端を発したマニエリスムは、16世紀後半には国際的な広がりを見せます。 背景 反宗教改革に乗り出す カトリック教会が「反宗教改革」に乗り出す時代、「神秘的な表現」が求められるようになります。 絵画による奇跡体験 論理を持って「奇跡」を説明することは出来なくても、絵画の世界の中でならそれは可能になるからです。 劇的な表現の追求 それはやがて古典主義の特徴である、「穏やかさ」や「荘厳さ」、「静けさ」や「バランスの重視」に対して、より「魂の根源」に迫る表現に至りました。 ミケランジェ ...

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2026年5月18日

西洋絵画−クールベ=マネ

舞台 フランス 第二帝政期、パリの都市改革を始め、社会構造の大きな転換があったフランス。都会人の新しい生活様式などが誕生しました。 背景 産業革命・資本主義の時代 19世紀後半、いよいよ「産業革命」の成果が浸透し始め、かつ「資本主義」の波風が立ち始めました。 近代への突入 「科学技術の飛躍的な進歩」・「都市部への人口集中」・「階級対立の激化」・「西欧の世界進出に伴う異文化交流」などが、人々の日常生活に大きな影響を与えます。 近代絵画の始まり 絵画においては、クールベやマネといった近代絵画の創始者によって、 ...

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2026年5月18日

西洋絵画−ヴェネツィア派

舞台 ヴェネツィア ローマで盛期ルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、東方とヨーロッパを結ぶ貿易で富を蓄積したヴェネツィアでは、別のルネサンスが誕生していました。一般に、ヴェネツィア派と呼ばれるものです。 背景 裕福な市民が誕生 ヴェネツィアでは、教会や市当局だけでなく、富裕で教養ある個人からの注文も盛んになりました。 個人受けする作品が流行 彼らは、伝統的な物語の著述よりも「感覚的な魅力」を要求します。 そのため、主題の重要性以上に、「鑑賞者が満足する」ような作品が好まれました。 特徴と画家 鮮やか ...

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2026年5月18日

西洋絵画−ロマン主義

舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...

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2026年5月18日

西洋絵画−立体派〈キュビズム〉

著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 フランス 産業革命以来、急速な進歩によりもたらされた「世界の拡大化」は、多種多様な芸術運動の下、「専門化」・「分化」を押し進めました。そんな中で、新しい視覚体験が模索されます。そして、「形態」と「構成」の面で大きな変革が起きたのはフランスでした。 背景 感覚派から知性派へ 野獣 ...

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-日本建築史