2026年8月16日
日本建築-外国人居留地
時代背景 日米和親条約 1853年、日本とアメリカとの間で「日米和親条約」が結ばれると、日本近海への西洋船の来訪が増加しました。しかしこの条約にはアメリカ有利の条項*が盛り込まれていたため、日本側の不満は高まって行きます。 アメリカの船が日本の港に寄港する際、日本の法律や手続きを拒否することができました。また、アメリカ船の乗組員が日本人に対して犯罪行為を行った場合でも、アメリカの法律が適用されるという条項が盛り込まれていました。 これに対して、幕府は自国の主権を守るために「異国船打払令」を出しました。この ...
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2026年8月16日
西洋建築-古代ギリシャ
時代背景 ドリス人の侵略 紀元前1100年頃、北方から南下してきたドリス人によって、先住のイオニア人やアルカディア人などが駆逐されました。 ポリスの形成 その後、紀元前800年頃には、村落を中心とした小さな都市国家ポリス*が形成され始めます。 ポリス:一定の地域に住む人々が、政治的・社会的な共同体を形成し、共同で自らの生活を統制する政治組織のことです。 しかし、あくまでもこの都市国家は、単に人々が集まり住んだものに過ぎず、都市として整備されたものではありませんでした。 古代民主政の誕生 ポリスは当初、農業 ...
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2026年8月16日
西洋建築-マニエリスム
時代背景 ローマの没落 1527年、ローマ劫掠が勃発。教皇クレメンス7世と対立していたスペイン皇帝カール5世は、ランツクネヒト*を雇って、ローマを占領・略奪させました。そして激しい略奪・虐殺にあったローマでは、多くの市民が命を失い、教皇クレメンス7世も逃亡を余儀なくされました。かくしてローマは政治的・経済的に弱体化し、周辺の大国から支配されるようになって行くのです。 ランツクネヒト:15世紀から16世紀にかけて、主にドイツ圏で編成された傭兵部隊の一種。戦術に長けており、近代戦術の先駆けとも称されました。 ...
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2026年8月16日
西洋建築-インターナショナル・スタイル
背景 近代芸術の到達点 アーツ・アンド・クラフツ運動*から始まった近代芸術運動は、当初は手工業に重点を置きながらも、デ・ステイル*やドイツ工作連盟*などを経て、機能主義にたどりつきました。 アーツ・アンド・クラフツ運動:機械生産による大量生産と標準化が進む一方で、一つ一つの製品としての質は悪化してしまいます。これに対し、手仕事や伝統工芸品を再評価することによって、製品の質を向上させることを目的としました。 デ・ステイル:芸術によって人々の生活環境を改善しようとした点はアーツ・アンド・クラフツ運動と同様です ...
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2026年8月16日
西洋建築-イギリス・ルネサンス
背景 薔薇戦争 1455年、ランカスター家とヨーク家の間の王位継承を巡る争いが原因で、薔薇戦争*が始まりました。1461年、ヨーク家のエドワード4世がランカスター家を破り、王位に就くことで、この争いは一応の決着が着きます。しかしその後、ランカスター家のヘンリー6世が復位し、1470年代には再び戦争が勃発しました。最終的には、ヨーク家のリチャード3世が1485年にランカスター家のヘンリー7世に敗北し、決着となりました。そして、ヘンリー7世が王位に就いたことで、テューダー王朝が始まります。 薔薇戦争という名称 ...
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前の様式
背景
フランスの近代化
ルネサンス期のフランスは、政治的・経済的・文化的に大きな発展を遂げました。先頭を切ったのはシャルル8世です。彼はフランス軍を再編成し、新しい兵器を導入して戦力を強化し、財政改革を実施して経済を活性化させました。そしてブルターニュを併合することによって、フランスの領土を拡大しました。また、イタリア遠征*も行いましたが、こちらは失敗に終わります。そして、彼は28歳にして、この世を去ってしまうのでした。
シャルル8世のイタリア遠征:シャルル8世は、ナポリ王国の領土をめぐってイタリアの諸都市と争い、1494年にイタリアに侵攻しました。彼は大規模な軍を率いてイタリア半島に進軍し、ナポリを占領しますが、しかし、戦争は数年にわたって続き、フランスの勢力圏を確立することはできませんでした。
彼の死後、王位を継いだのはルイ12世です。彼はイタリア遠征を再開し、ミラノ公国を征服してフランスの影響力を拡大しました。財政改革を推し進め、農業や商業の発展にも努めます。フランス法の再編成や司法制度の改革など、行政面でも重要な改革を行いました。
ルイ12世の死後は、息子のフランソワ1世が王位を継ぎます。彼は自らをルネサンス君主と位置づけ、芸術・文化の振興に力を入れました。ルーブル美術館の設立・フランス語の公用語化などが彼の業績です。イタリアから多くの芸術家や学者を招聘しました。
フランス・ルネサンスを締めくくるのは、アンリ4世です。彼は即位後、フランスの再建を目指して、内政改革を進めました。貴族の権力を制限し、税制や司法制度の改革を行います。中央集権化を進めることで、国家統一を図ったのです。また宗教的寛容政策*を採用することによって、当時激化していたカトリック派とプロテスタント派の間の宗教戦争を終結させました。
宗教的寛容政策:アンリ4世は、プロテスタント教徒に対して宗教的自由、公職就任、軍役免除、学校の設立など一定の権利が認めました。これによって、一時的ではあるものの宗教的対立の緩和に成功しました。また、プロテスタント側の国々を支援することは、カトリック勢力の拡大を防ぐ効果もありました。
シャルル8世→ルイ12世→フランソワ1世→アンリ4世へとバトンが繋がれてきたこの一世紀間において、ヨーロッパの中心となるフランス近代国家の基礎が築かれました。
特徴
イタリアに軍隊を派遣
16世紀頃、比較的早い段階から統一国家を形成していたフランスは、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝と張り合うようにイタリアに介入して軍隊を送っていました。実際にいくつかの都市国家を支配下に置きます。この接触を介してフランスは、イタリア発のルネサンスを受容したのでした。
この背景には、軍事力ではイタリアを凌いでいながらも、文化面ではイタリアへの憧れの念が強かったという事情があります。
王家の下で発展
しかし、伝統的なゴシック発祥の地でもあるフランスにおいてはルネサンスの新しい風は簡単には受け入れられず、あくまでもその影響は王家周辺に限られました。そのため、宗教建築はほとんど見られず、王や貴族の城館が主流となります。
造形と表現
フランスに伝えられたルネサンス様式は、既にマニエリスム期に突入していたこともあり、かなり偏ったものでした。ここにフランスのゴシック的な伝統が混ざり合って生まれたフランス・ルネサンスには、イタリアにはない特徴が見られます。フランスにおいて美術家を厚遇し文化の発展を支援したのは、自らルネサンスの文化に通じていたフランソワ1世です。彼の治世初期に、ブロワ城(の一部)やシャンボールなどが建設されました。
急勾配の大きな屋根・垂直線の強調
ブロア城
急勾配の大きな屋根や垂直線の強調からはフランスの伝統が見受けられます。
細部の古典的なデザイン・全体の統合された構成
シャンボール
それまでの城館の形を受け継ぎながらも、細部の古典的なデザインと全体の統合された構成には、はっきりとルネサンスの影響が表れています。
正確な古典主義
フランス人最初の建築家、Ph・ド・ロルムの登場によって、フランスは自国の独自性を確立しました。ロルムによる3層の凱旋門モチーフには、それぞれ3種の古典的オーダーが用いられ、古典的な細部が示されています。これは、彼の知識あってこそ成し得る所業でした。
参考文献
西洋建築入門|著.森田慶一|東京大学出版会
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
西洋建築様式史|著.熊倉洋介・末永航・etc|美術出版社
美術史〈西洋〉|編・中山公男 中森義宗|近藤出版社
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西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年8月16日
西洋絵画−イタリア・バロック
舞台 イタリア 16世紀後半のイタリア、おおよそ芸術活動の低迷期に入っていました。しかし、カラヴァッジョの活躍によって、ローマで新たな盛り上がりを見せます。その後、カラヴァッジョ様式は国際的な広がりを見せました。(本記事では、イタリアに比較的近しい展開を見せたフランドル・スペインも一緒に取り上げます) 背景 宗教改革に対抗するカトリック教会 カトリック協会の免罪符を直接のきっかけに、「宗教改革」が勃発。離れていった信者の心を取り戻すため、カトリック教会は「反宗教改革」に乗り出しました。 分かり易さを武器に ...
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2026年8月16日
西洋絵画−新印象主義
舞台 フランス 印象派に続き、フランスが芸術の中心地として君臨しています。 背景 印象派の乗り越え 時代の寵児であった印象派も、1886年には最後の展覧会を迎え、いよいよ批判と反省の対象として乗り越えられる存在になります。 物の形を犠牲にした印象派 「分析的な手法」を得意とした印象派は、物の「形態感」や「存在感」を失ってしまうという欠点を抱えていました。 新たな活路 印象派の色彩理論に共感しつつもこの弊害を重く見た後代の画家たちは、ここに新たな活路を見出します。 特徴と画家 求めすぎた理想 印象派は「光の ...
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2026年8月16日
絵画−野獣派〈フォーヴィスム〉
著作権に対する配慮:当記事に掲載している模写作品の中には、著作権保護期間中のものが含まれています。そのため、「引用元(元絵)の明記」・「引用の必要性」・「画像は自前で用意すること」・「非営利目的」を徹底した上で、当記事の作成に望んでいます。 舞台 フランス 産業革命以来、急速な進歩によりもたらされた「世界の拡大化」は、多種多様な芸術運動の下、「専門化」・「分化」を押し進めました。そんな中で、新しい視覚体験が模索されます。そして、色彩の面で大きな変革が起きたのはフランスでした。 背景 野獣派結成のきっかけ ...
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2026年8月16日
西洋絵画−ロマン主義
舞台 フランス 革命期から王政復古期にかけてのフランス。新古典主義が絵画の主導権を握っていた一方で、その「静的で厳粛な様式」は、人の心を真に動かす力に欠けていました。そんな中、絵画に再び「動き」を取り戻そうという流れが形成されます。 背景 ヨーロッパ各国の独立意識 「フランス革命」・「ナポレオンの侵略」という二つの事件をきっかけに、各国は「自我」に目覚めます。 古代ローマという西欧各国における「共通の祖先」から、「自国の歴史」・「風土」へと関心が移ったのです。 プロパガンダとしての絵画 ナポレオンの第一帝 ...
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2026年8月16日
西洋絵画−盛期ルネサンス
舞台 ローマ 1492年、芸術文化を支えたロレンツォ・デ・メディチの没後、「フィレンツェ」は、ドメニコ会修道僧サヴォナローラの支配下に置かれ、やや停滞期を迎えます。その一方で、ユリウス二世に代表される辣腕の教皇の下で、「ローマ」は活気を取り戻しました。かくして、ルネサンスの舞台は「フィレンツェからローマへ」移ります。 背景 巨匠の時代 15世紀末から16世紀初頭にかけてのおよそ30年間、一般には盛期ルネサンスと呼ばれます。この時代は、「巨匠の時代」でした。 古代や自然の超克 彼らは自らの才能を自覚し、「古 ...
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