2026年9月30日
西洋建築-イタリア・バロック
背景 行き過ぎた人間中心主義 ルネサンス文化を特色付けたものは人間性の再発見でした。そして、この人間性の範は古代に求められます。それゆえ人間の有限性を前提する筈でした。しかし、ルネサンス人は人間の有限性を忘れたかのように振る舞います。それはキリスト教においてさえ例外ではありませんでした。そしてこのような情勢に対する不満こそ、やがて来る宗教改革へと繋がって行くのです。 宗教改革の勃発 宗教改革の先駆けとなったのは、マルティン・ルターです。彼は「95ヶ条の論題」を掲げ、贖罪状の販売などの不正や教皇の権威主義を ...
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2026年9月30日
西洋建築-インターナショナル・スタイル
背景 近代芸術の到達点 アーツ・アンド・クラフツ運動*から始まった近代芸術運動は、当初は手工業に重点を置きながらも、デ・ステイル*やドイツ工作連盟*などを経て、機能主義にたどりつきました。 アーツ・アンド・クラフツ運動:機械生産による大量生産と標準化が進む一方で、一つ一つの製品としての質は悪化してしまいます。これに対し、手仕事や伝統工芸品を再評価することによって、製品の質を向上させることを目的としました。 デ・ステイル:芸術によって人々の生活環境を改善しようとした点はアーツ・アンド・クラフツ運動と同様です ...
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2026年9月30日
西洋建築-ドイツ表現主義
背景 第一次世界大戦 1914年6月28日、オーストリア皇太子夫妻がセルビアの首都ベオグラードで暗殺されるという事件が起こります。これをきっかけに、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦布告しました。そしてオーストリア=ハンガリー帝国の後ろ盾となっていたドイツも、この戦争へ参加することになります。 当初のドイツは、急速に発展し、経済的・軍事的な力を蓄えていたため、早期に勝利すると楽観的に考えられていました。しかし戦争の泥沼化によって戦況は逆転し、最終的には敗戦という結果を迎えます。 敗戦後のドイツ ...
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2026年9月30日
西洋建築-アーツ・アンド・クラフツ
背景 分業体制の始まり 19世紀後半のイギリスでは、産業革命によって工業化が進み、工業製品の需要も高まっていました。それに伴い、機械による大量生産や標準化が進む一方で、工芸品や手仕事の価値は低下していきます。 モリスが立ち上がる 機械的かつ分業的な生産方式を強いられる現状に、一人の男が声を挙げました。我らがW・モリスです。彼は機械による大量生産や標準化に反対し、手仕事や伝統工芸品の価値の再評価を図ったのです。 彼は芸術を労働における人間の悦びの表現であると主張しました。そして物作りの労働が悦びと感じられる ...
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2026年9月30日
西洋建築-古代ギリシャ
時代背景 ドリス人の侵略 紀元前1100年頃、北方から南下してきたドリス人によって、先住のイオニア人やアルカディア人などが駆逐されました。 ポリスの形成 その後、紀元前800年頃には、村落を中心とした小さな都市国家ポリス*が形成され始めます。 ポリス:一定の地域に住む人々が、政治的・社会的な共同体を形成し、共同で自らの生活を統制する政治組織のことです。 しかし、あくまでもこの都市国家は、単に人々が集まり住んだものに過ぎず、都市として整備されたものではありませんでした。 古代民主政の誕生 ポリスは当初、農業 ...
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前の様式
時代背景
真の武家政治
室町幕府は、足利氏による武士の政権であるとはいいつつも、京に拠点を置き、貴族趣味的な文化の中で生きながらえ*てきました。貴族や寺院を保護し、彼らからの支援を受けることによって政権の基盤を固めていたのです。
ただ、戦国時代においては、戦国大名や戦国武将たちの興隆を支援することにも取り組んでいました。このことから、戦国大名たちとの関係性を軽視していたわけではないということが伺えます。
その一方で、江戸幕府は京から遠く離れた地に拠点を築き、武士階級が中心となる社会制度*を整備しました。武家が政治の頂点に立つ、全く新しい体制がここに構築されたのです。
江戸幕府は、武士を支配するための法律や制度を整備し、武士階級を厳格に階級分けすることで武士の地位や役割を明確に定めました。また武士の教育や訓練、軍事技術の研究なども積極的に行い、武士階級の力を強化しました。
武家社会が形成されると、それに伴い「武士の美徳や精神」が高く評価されました。忠義・謙虚さ・自制・勇気などです。これらの精神によって、独特な文化が発展して行くのです。
特徴
権威を象徴する建物
元々、三河の地方武士に過ぎなかった徳川家が権力を示すには、伝統的な文化の中で既存の勢力とは異なる象徴が必要でした。その解決策として、豪華絢爛な霊廟建築が用いられます。自己の優越性・系譜の正統性による権威を示すのに、霊廟建築は打ってつけだったのです。
三河:今でいう「愛知県」にあたる地域
霊廟:祖霊を祀る施設
権力の移り変わりも示す
代表的なものとしては秀吉を祀った豊国廟が挙げられますが、この建物自体は次の権力者、徳川家康によって破壊されてしまいます。霊廟建築の破壊には、「既存権力の崩壊」「新政権の誕生」という重要な意味が含まれていたのです。
徳川家筆頭の東照宮
その家康が亡くなると、遺体は久能山に埋葬され、この場所に久能山東照宮が建てられました。元和三年には、日光の地にも東照宮が造営され、遺骸はここに移されます。以降、全国各地に東照宮が建てられ、家康以外の将軍の霊廟*もそれぞれ営まれました。
今でも約130社が現存すると言われています。
霊廟の終わり
霊廟の造営は、やがて大名にも広がり、各藩でも藩祖をはじめとする先祖を祀るようになりました。ただ、贅を尽くした霊廟建築の継続は困難で、幕府や諸藩の財政が圧迫されるにつれ、陰りを見せました。
造形
霊廟建築は、寺院とも神社とも異なる折衷をした特殊な形です。既存の建築とは異質であることを、視覚的に表現したのです。
日光東照宮
「彫刻」「金箔」「彩色」「塗装」を凝らした豪華絢爛な建築群で、存在感を示します。
霊屋
久能山東照宮
霊廟建築の中心となるのは、霊屋です。権現造や禅宗様、入母屋造とされることが多いです。
権現造:本殿・石の間・拝殿が合体した形式のこと
石燈籠が林立
東光寺墓萩藩所
霊屋の背後には、石柵を廻らせて石燈籠を林立させました。墓標が建てられることもあり、その際は宝塔形を使用することが多いです。大名墓所の場合には、菩提寺が併設されることもありました。
瑞鳳殿
伊達政宗を祀る霊廟です。彩色が施されてはいるものの、将軍家の霊廟と比較すると、規模や意匠は控えめに抑えられています。
津軽為信霊屋
マイナーな大名になると、霊廟の意匠もより控えめ目となって行きます。
参考文献
日本建築史講義|著.海野聡|学芸出版社
建物が語る日本の歴史|著.海野聡|吉川弘文館
建築の歴史|編.西田雅嗣・矢ケ崎善太郎|学芸出版会
日本建築様式史|監修・太田博太郎|美術出版社
次の様式
西洋建築史年表
日本建築史年表
2026年9月30日
西洋絵画−ヴェネツィア派
舞台 ヴェネツィア ローマで盛期ルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、東方とヨーロッパを結ぶ貿易で富を蓄積したヴェネツィアでは、別のルネサンスが誕生していました。一般に、ヴェネツィア派と呼ばれるものです。 背景 裕福な市民が誕生 ヴェネツィアでは、教会や市当局だけでなく、富裕で教養ある個人からの注文も盛んになりました。 個人受けする作品が流行 彼らは、伝統的な物語の著述よりも「感覚的な魅力」を要求します。 そのため、主題の重要性以上に、「鑑賞者が満足する」ような作品が好まれました。 特徴と画家 鮮やか ...
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2026年9月30日
西洋絵画−北方ルネサンス
舞台 アルプス以北 イタリアでルネサンスが盛り上がりを見せていたその頃、アルプス以北の国々でも独自の流れが形成されていました。イタリア・ルネサンスと区別して、北方ルネサンスと呼ばれます。 背景 市民階級の台頭 15世紀のフランドル地方では、「毛織物工業」と「国際貿易の振興」に伴って「市民階級」が台頭して来ました。 ありのままを描く それに呼応するように、「風景画」や「風俗画」なども受け入れられるようになります。 イタリア・ルネサンスでは「古典美」を理想の範としたのに対し、北方ルネサンスは自然や人間の姿を「 ...
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2026年9月30日
西洋絵画−クールベ=マネ
舞台 フランス 第二帝政期、パリの都市改革を始め、社会構造の大きな転換があったフランス。都会人の新しい生活様式などが誕生しました。 背景 産業革命・資本主義の時代 19世紀後半、いよいよ「産業革命」の成果が浸透し始め、かつ「資本主義」の波風が立ち始めました。 近代への突入 「科学技術の飛躍的な進歩」・「都市部への人口集中」・「階級対立の激化」・「西欧の世界進出に伴う異文化交流」などが、人々の日常生活に大きな影響を与えます。 近代絵画の始まり 絵画においては、クールベやマネといった近代絵画の創始者によって、 ...
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2026年9月30日
西洋絵画−新印象主義
舞台 フランス 印象派に続き、フランスが芸術の中心地として君臨しています。 背景 印象派の乗り越え 時代の寵児であった印象派も、1886年には最後の展覧会を迎え、いよいよ批判と反省の対象として乗り越えられる存在になります。 物の形を犠牲にした印象派 「分析的な手法」を得意とした印象派は、物の「形態感」や「存在感」を失ってしまうという欠点を抱えていました。 新たな活路 印象派の色彩理論に共感しつつもこの弊害を重く見た後代の画家たちは、ここに新たな活路を見出します。 特徴と画家 求めすぎた理想 印象派は「光の ...
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2026年9月30日
西洋絵画−オランダ・バロック
舞台 オランダ 16世紀末、「プロテスタント」勢力の強かったフランドル地方の北部にて、「スペイン領からの独立」を果たした新教国、オランダが誕生しました。 背景 イタリアからオランダへ輸入 イタリア起源のバロックは、国境を超えてオランダにも広がりました。 プロテスタントの国 オランダ共和国として独立を果たし、「東インド会社等の国際貿易」により、目覚ましい「経済発展」を遂げたオランダは、その経済力を背景にオランダ独自の「市民文化」を繁栄させていました。 「プロテスタントの国」であったオランダでは、「教会よりも ...
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